朝日新聞出版☆花づくり野菜づくり

  • 2010.07.21 Wednesday
  • 15:37


朝日新聞出版刊の「花づくり野菜づくり」
昨年、指宿でつくったお庭が特集で掲載されました.
7月15日発売の第21号です。


ぜひご覧くださいね。

メキシコの建築家・ルイーズ・バラガンに触発されて
デザインしたトロピカルの庭です。


美しすぎないお庭☆

  • 2010.07.20 Tuesday
  • 10:50






NHKの料理番組、京のおばんざいの特集で、
京都の名家に嫁がれた料理研究家のかたの解説。

「おいしすぎないお料理」

をこころがけていると。

一瞬聞きまちがいかと思いましたが、
よく考えるととっても目からうろこでした。
美しすぎないお庭、、、、人々のこころを
芯からなごませてくれるのも、そんなお庭かもしれません。

やはり京都の哲学って、息が長い。



イタリア庭園の庭師

  • 2008.01.24 Thursday
  • 17:38



INTERMEZZO


昨年にスタートのこのブログエッセーも、ちょうど1年目です。
キリのいい今回は、うちあけ話です。




じつは、このブログを始めたときから私は、ある「空想上の読者」を思い描いて・・・私はその人にWeb上のホットラインで「庭の話」をしてきたのです.ですから、私の空想世界でのこのブログの読者は、たったひとりです。その人は、庭師の卵。年は、24歳くらい。男なのか女なのかは考えてませんでしたが一応、青年ということにしましょう。彼は大学を出たんですが、どこかの学校で造園を学び直そうかと考えています。



彼の関心は、洋風の庭(ガーデン)。
でもこまったことに今の日本で、まだ西洋の庭のちゃんとした学問的拠点がありません。あるにはあっても、そこの洋庭担当の先生たちですら、世代的には和風の庭の手法を若い時分に叩き込まれています。いったん染まったものはそうそうは抜け出せません。教室でとりあえず「青い目のお庭」を論じてはいますが、若い生徒さんたちの感性は正直。先生の授業を聞いても「なんか、変」と感じちゃってます。どうも変・・・・空想上の青年も学ぶ場所を選び倦ねています。



日本の郊外住宅地には「とりあえず洋風」な庭と住まいが増殖中です。作った人も住んでる人も洋風と思いこんでいるのですが・・・・今の日本ではみんなが「自分が理解できる範囲の洋風」でやっています。西洋建築・文化・文学・音楽、そうした芸術との深いつながりで成り立っているヨーロッパ庭園は、日本では基礎が育っていません。日本文化の太い根に、うわべだけ接ぎ木された西洋です。


このままでは、本来のヨーロッパの庭がこんなもんだと思われてしまう!ちんどん屋のなりかたちを見て江戸の本来の「武士」の格好までこうだったと、そう思いこまれては困るのです。間違った「洋風」はもうそろそろ打ち止めにしなければ。


なんとか若い世代だけは、こうしたまがいものの西洋からバリアしてあげられないだろうか?そんな願いから私はこのブログを書き進めてきました。



若い青年に、ひとつでもふたつでもヒントになってほしい、そんな思いで書きつづけた1年間だったのです。

私が電子空間で語りかけつづけた空想上の青年は、当然実在はしません。でも、どこのどなたかは知りませんがこのブログを読んでくださった方が、ひょっとして将来、現実の立派なイタリア庭園の庭師、つまり現実の青年となって私の前に立ち現れる可能性は・・・あります。そんなことが起きたらどんなに素敵だろうと、それを楽しみにボードを叩く1年でした。



さて、1年がまわったところで、このブログのスタイル、少々、書いている本人が飽きてしまいました(!)ちょっとスタイル変えて気分一新してみようと思っています。よりシンプルなスタイル?もっと御託を並べるような形?只今模索中です。まもなく新しい装いでのブログでスタートしますので、どうか、楽しみにお待ち下さい!!



                       








p.s.
このブログに綴った思いと同じスタンスの
西洋庭園への思いいっぱいのガーデン仲間が
何人かあつまって、手弁当で立ち上げたのが
JAG・ジャパン・ガーデンデザイナース協会です。
旧来の作庭技法からちょっと距離をおいて
新しい日本の庭づくりを模索する「庭師」のあつまりです。
この会も4月で開設6年目をむかえます


ポルトガルの庭 〜 シントラのホテル

  • 2007.12.14 Friday
  • 19:33
     
           玄関前の庭 〜 Sintra Hotel Palacio de Seteais

        庭園からサロンへの大階段 〜 Sintra Hotel Palacio de Seteais


        イタリア・ルネサンス庭園の系譜 〜 ブルボン風の庭園




HOTEL PALACIO DE SETEAIS

心がまだ

ヨーロッパに馴染んでいない旅の始まりは、

あまりじたばたせず

静かな森、あるいは庭園のなかで

ゆっくりと心を慣らしていきたい、

そう思って二晩滞在したシントラのホテル。

ここはリスボンの西、

なだらかな丘陵にひろがる保養地です。

真西にのぞむロカ岬の向こうはもう、

遙かな、

見渡すかぎりの大西洋です。



街の中心にあたる丘の斜面には

世界遺産に選定されている古い王宮もあり、

ここへはその昔、

天正遣欧使節の若者たちが訪ねて来ています。

西暦1585年のことです。

極東の小国ハポンから、

無謀ともいえるほどの危険な航海を経て

4人の若者たちは、

はるばるやって来たのです、

この丘の上の小さな街へ。

シントラは・・・

ヨーロッパ世界、そして

全ユーラシア大陸の最西端です。>>>Sintra




今回は、

お庭の写真をゆっくりとご覧ください。

淡泊好みの日本的な感性、

日本庭園の流儀からは随分、

奇抜に見えるかもしれませんが、

ここには、

正統ヨーロッパ庭園のエッセンスが

いっぱい、いっぱい散りばめられています。

古典的な技法。

私たち西洋庭園をしている者には

アイデアの宝庫です。




      トピアリー(刈り込み)の庭:ルネサンス的な自由な造形

                             
        庭園の門:宮殿の謂われが彫られています


       テラス庭園から大西洋の眺め:ほぼ正面がカポ岬の位置です


        幾何学模様の庭:地中海世界ならではの自由な造形


       屋上の装飾(アガヴェ):高貴な建築の証し


              階段の落ち葉


            ボックスウッドのアラベスク模様


     テラスの花々:石の建築には鮮やかな色彩の花々がよく映えます


       客室から見た庭園:上階から見下ろした時に一番絵になる作庭


Hotel Palacio de Seteais:シンメトリーにするために門と右翼は後世に加えられています







サント・ドミンゴ・デ・シロス修道院

  • 2007.12.05 Wednesday
  • 16:51



SANT DOMIGO DE SILOS


近年、思うところがあって、

冬のイスパニアへ。

不思議な時間の流れを彷徨(さまよ)ってきた

放浪人の心境です。



サント・ドミンゴ・デ・シロス修道院。

一日に、わずかに夕刻の一便だけという

頼りなげなバスのダイヤを信じて

イベリア半島北部の広大な台地を走り抜け、

そして辿り着いた先が、

グレゴリオ聖歌の故里、

ロマネスク回廊建築の粋、

サント・ドミンゴ・デ・シロス Santo Domingo de Silos




修道院は、

石の壁のあちこちが崩れかけた

谷間の農地集落の要(かなめ)として、

ひっそりと現代の、

標高1200mの山間(やまあい)に

息付いていました。








早朝7時の聖務(日課)。

厳冬の凍てつく寒さのこの村に、

この時期、訪ねる旅人は稀。

いくつかの巡礼宿は

重い木の扉を、堅固に閉ざしたままです。

ほとんど闇としかいいようのない

冷え切った聖堂の

木製の長椅子に

わずか5人ほどの信者と参列者。

ひとことの序章もなしに、

身を固くしてしまうほどの静寂のうちに、

修道士が唱え始める

グレゴリオの祈り・・・・。




夢だったのだろうか・・・、

中世からの時間が、ロマネスクの回廊に

音もなく佇んでしました。

まるで

寸分の違いもなく連綿と繰り返される

修道士たちの「日課」の他、

この世にはすべて、

なにも存在しなかった、かのように。








>>>Santo Domingo de Silos サント・ドミンゴ・デ・シロス修道院




カラヴァッジオ

  • 2007.10.03 Wednesday
  • 19:48

    カラヴァッジオ画「果物籠」 ミラノ・アンブロシアナ絵画館 






動物たちは、なぜあんなに純粋で、
裏表のない高い精神性を維持できるんだろうと、
私はいつも不思議な思いにとらわれます。
学問を積んでそうなったというわけでもないのに・・。


よけいな「情報」がないぶん動物たちは
必死で
目の前のことを見て、自分の気持ちで納得できるまで
考えつづけています。

生存するために、まやかしはありません。
単なる「情報」や「概念」ではなくって、
自分の見たものを信じて、そして生きる。




イタリアに Istintivo という言葉があります。日常生活のなかでもわりと頻繁に使われていて、
日本語に訳してしまうと、

「本能のままに」。

ちょっと、野蛮なニュアンスに聞こえるのですが、
そうではありません。
美しいと思った自己の心を信じて、
その思いに沿って行動する、
むしろプラスの意味が深い言葉です。



イタリア・ルネッサンス期の画家・カラヴァッジオ。
彼の生涯を語るのに必ず登場するエピソードとして、
あるトラブルから人を殺してしまい、
終生、逃亡の身となった壮絶な物語があります。

でも、その逃亡中の彼に当時のカトリック教会は
執拗なまでに・・・絵の注文・制作をせまっているのです。

こんな事実は
善良な日本人にはなかなか理解できないことです。

人殺し、という「概念」を信じるか、
それとも、たぐいまれな才能への自分の「直感」を信じるか。

・・・教会は Istintivo をとったことになります。


それと、激情から人を殺してしまった画家も
もちろん Istintivo です。
これは悪い意味の、本能的ですが。

ルネサンスという人類史上稀に見る芸術の昂揚は、
一見、こうして荒くれだった
「本能むき出し」の泥田から
すっと立ち昇って咲く一輪の蓮 Lotus のように、
限りない人類の苦闘のなかから誕生しています。




最近、若い人たちと多数会う機会があって、
彼らの礼儀正しさと小綺麗さに感心しながらも、
あまりの温和しさに、
実は拍子抜けしてしまいました。
動物たちの、
自分の判断をひきだすために必死で見て、見つめて、
思考して、記憶にインプットして、
そうした本能のプロセスが
スッと・・・この人たちからは
その部分だけ、なぜかかき消されているように思えて、、

私にはなんだか、寂しかったのです。


















>>>Caravaggio空想の美術館 



「親指のマリア」とシドッティ

  • 2007.09.23 Sunday
  • 18:37



GIOVANNI BATTISTA SIDOTTI


世界自然遺産、そして縄文杉でも有名な屋久島。

ここに、意外にも

禁教下のキリスト教の痕跡があることを、

私は思いがけず、出張先の東京・上野

国立博物館の展覧会で知りました。




「親指のマリア」 Carlo Dolci(?) 作 17世紀





この絵は、

禁教下の日本、江戸中期の屋久島に単身で潜入した

イタリア人宣教師・ジョバンニ・バティスタ・シドッティが

大切にその身に携えていたマリア像です。




衣のひだからそっとのぞかせている親指、

そして頬を伝う涙が、

わが子の刑死を見届けた母としての

深い悲しみを・・・これ以上はないほどに

表していて胸を打ちます。



シドッティは長崎奉行所に捕らえられ、

そして、最後は江戸の牢獄で獄死。

この絵は、

長崎奉行所の没収品として今に残っています。

江戸で収容中の尋問にあたったのが、

幕府の実力者でもあり儒学者でもあった

新井白石。

白石との対話は、その後「西洋紀聞」という

一冊の本となって歴史に残されることになった・・・。



以上のようなことを、私は郷里では知りもせず、

偶然の東京での展覧会で知った次第です。



私の住む町は、思いがけずも

ヨーロッパに一番近い日本の都市なのでした。



キリスト教を最初に伝えた

フランシスコ・ザビエルを記念する聖堂も

街の中心にあります。

(とはいえ数年前にコンクリート打ち放しに建て替えられて、

 あれれ、というくらいにモダンになってしまいました)


そもそも、

マラッカで出会ってザビエルを日本に導いてきたのも、

ヤジローという SATSUMA 出身の男。



ザビエルが、

仏教の僧侶と宗教論をたたかわせた「南林寺」は、

私の事務所のすぐ近くにその地名を残していて、

島津家墓所の裏手には、隠れキリシタンの墓もあって・・・。

と、この街にはキリスト教の記憶が深く刻まれています。




ただ、封建的気風のこの街には、

「西洋の先進技術」は別として

「思想」としての西洋はなぜか、

・・・・ほとんど感じられません。


これだけ海外からの洗礼を頻繁に受けながら、

もっともガンコなニッポンを守るまち。

実に不思議なまちです。







鹿児島カテドラル・ザビエル教会


>>>  シドッティ上陸記念の碑 Giovanni Battista Sidotti

>>>  東京国立博物館・特集陳列











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    ベルサイユ宮殿の花火

    • 2007.08.06 Monday
    • 21:38



    IL FUOCO ARTFICIALE








    河川敷や海岸端といった自然のままの風景で

    浴衣掛けで楽しむ日本の花火は、

    情緒たっぷりです。

    でも、

    都市美や庭園美といった人間の造形物を、まるで

    地表の

    大彫刻のように浮き上がらせるヨーロッパ流の花火も、

    それはそれは豪奢で感動的です。



    ベルサイユ宮殿の花火。

    もう30年も前なのですが、初めてのヨーロッパで目にした

    ル・ノートルLe Notre 作の大庭園での花火の祭典。



    実はこの日の目にした光の風景の、

    その、あまりに強烈だった心の刻印が、

    私のその後の人生をおそらくは決定的に、西洋庭園の

    「秩序の美」

    に、大きく舵取りをしてくれたようなものなのです。



    ヨーロッパ的な美の哲学との邂逅。



    余情のある「間」や、

    闇に消え行く光の残滓に人の世の「無常」を重ねあわせる

    日本の演歌的な花火とはまるで異質の、

    それは喩えるなら

    人類の、暴力的なまでの「美神への挑戦」でした。




    宮殿に響き渡る音楽は、

    ヘンデル作曲の「王宮の花火の音楽」「水上の音楽」。

    華麗な金管に、

    弦のユニゾンにあわせての打ち上げ花火の連続が

    照明で浮かび上がった宮殿を、

    そして背後の黒い森を、

    凄まじい轟音のなかでまるで気が狂ったように照らし出します。



    ティンパニーの連打、鳴り響く大砲の重低音、

    それにすべての管楽器と弦の全合奏がかぶさって、

    ハイライトのシーンでは、

    地平線にまで一直線に地形を貫く大運河 Gran canal

    両岸に並ぶ彫刻壺 urne から一斉に、

    そして、

    宮殿正面のアポロンの噴水からも一斉に、

    漆黒の夜空にむけて炎の大噴水(仕掛け花火)が

    光の柱廊となって夜空を照らしだすのです。




    衝撃的でした。

    日本の情緒的、象徴的な美学のありかたとはまったく異次元の

    宇宙的な「美」の秩序を追求する論理が、

    この世にはある・・・

    芸術の女神アテネ、美の女神アフロディーテ、

    そして、音楽の神アポロン、

    庭園に居並ぶギリシャ神話の神々の彫像が一斉に、

    美を、人生を、そして「芸術」を賛美してやまない、

    力強い、ルネサンス的な饗宴の究極を、

    私はこの夜初めて、・・・見て、しまったのです。









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      天正遣欧使節

      • 2007.07.26 Thursday
      • 19:58



      VILLA PRATOLINO



      5年前の夏、7月。

      油圧式のドアが大きく音をたてて開くや、

      同時にバスのエンジンはブルンと音をたてて切られて、

      急に車内は郊外の静けさです。

      山上の終点まで来た客は、私ひとりだけです。




      降りたバスから、

      帰りの発時刻だけは書きとめようと停留所をふり返って、

      その風景のかなたに、フィレンツェの街が、

      はっと、

      まるで白い貴婦人のように横たわっているのに気がついて

      その眺めに立ち尽くした記憶があります。



      この風景を・・・

      実は今から400年以上も前、

      正確には西暦1585年の3月、

      私と同郷の九州からはるばる海を越えてやってきた若者4人が、

      おそらくは、この同じ場所から眺めているのです。

      天正の遣欧使節です。





      彼らが、そしてその時の私が向かっていた先は、

      Villa Pratolino ヴィラ・プラトリーノ。

      メディチ家フランチェスコ1世によって造成された

      当時のヨーロッパでも並ぶもののない大別邸、そして

      イタリア式の豪壮な大庭園群です。

      使節団は全国家的な賓客として、

      ここプラトリーノに招かれています。





      日本のキリスト教会史のなかでも特筆すべき、

      ローマ法王謁見という偉業を成し遂げた若者たち。

      別邸到着前のひととき、この丘のこの場所から、

      ボッティチェルリやミケランジェロと同時代の

      盛期ルネッサンスの芸術の都を、彼らも

      なにか眩しいものでも見通すように遠望したはずです。





      残念ながら今では庭園は荒廃が進み、

      建造当初からの遺構は、断片でしかありません。

      かつてヨーロッパ中に

      英国風景式庭園が大流行した際に、

      時の当主の意向で、このイタリア式庭園は

      その骨組みを英国風に造りかえてられてしまったからです。

      ジャンボローニアGiambologna 作の巨人の像などから

      往時の名庭園の姿を想像するしか鑑賞の手だてはありません。




      それでも私はこの庭を見ることができて、本当によかった。

      420年も前の4人の日本人と同じ場所、同じ庭園に佇み

      感情を共有できた喜びは・・・、

      胸がいっぱいでまるで呼吸できないほどです。




      ある「思い」を時空を超えて共有できて

      それまでの通り一遍の歴史に初めて、血と肉のかよった

      ぬくもりを実感できる瞬間、

      ああ、人間って寂しくないなあ、

      美しいなあと・・・心から思ってしまうのです。




      プラトリーノの歴史は、

      私たち日本人のヨーロッパへの記念碑的な第一歩でも、あります。













      上段:Justus Utens 作 ヴィラ・プラノリーノ俯瞰図 1599
      中段:Giambologna 作 Il gigante appennino アッペニーノの巨人
      下段:天正遣欧使節















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        聖書の花 〜 アガパンサス

        • 2007.06.18 Monday
        • 19:46








        夏のはじめの今ごろの季節、

        アガパンサス Agapanthus が街のあちらこちらで、

        澄んだブルーの花を咲かせています。

        日本人にはちょっと発音のしにくいネーミングなのですが、

        この名前は、

        世界で一番美しい花の名前だと・・・私は、思っています。




        語源は、古ギリシャ語の「愛」を表す言葉、 アガペー agape

        thusは「花」を表す接尾語ですから、

        愛の花、という意味になります。

        キリストの愛の花、と意訳してもいいかもしれません。




        とはいえ、この花が聖書に記載があるわけでは、ないのです。

        無限に惜しみなく、見返りを求めることもない、

        純粋で、最高の「愛」のかたちを、

        聖書の作者たちは

        agape

        という、ちょっと毛並みの違ったギリシャ系の言葉で、

        本来はヘブライ語で編まれた聖書に刻んでいます。



        人類愛を訴えつづける言葉、アガペー。

        仏教の世界でも「大慈」「悲愛」と表されている美しい言葉です。

        アガパンサス は、聖書や仏教の概念と共通の、

        「愛」をその名に戴いているのです。





        人を信じられなくなるような悲しい事件ばかりの昨今、

        「愛」だなんて、

        なんだか、もう別の次元の遺物みたいな言葉に思えるのに、

        アガパンサスは、

        人の誠実さ、人を大切に思うことの美しさを、

        静かに、

        私たちに伝えてくれている・・・。



        白やブルーのアガパンサスを街で見かけるたびに、

        この花はなんだか特別の役割をもった花のように、

        私には思えるのです。






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