「親指のマリア」とシドッティ

  • 2007.09.23 Sunday
  • 18:37



GIOVANNI BATTISTA SIDOTTI


世界自然遺産、そして縄文杉でも有名な屋久島。

ここに、意外にも

禁教下のキリスト教の痕跡があることを、

私は思いがけず、出張先の東京・上野

国立博物館の展覧会で知りました。




「親指のマリア」 Carlo Dolci(?) 作 17世紀





この絵は、

禁教下の日本、江戸中期の屋久島に単身で潜入した

イタリア人宣教師・ジョバンニ・バティスタ・シドッティが

大切にその身に携えていたマリア像です。




衣のひだからそっとのぞかせている親指、

そして頬を伝う涙が、

わが子の刑死を見届けた母としての

深い悲しみを・・・これ以上はないほどに

表していて胸を打ちます。



シドッティは長崎奉行所に捕らえられ、

そして、最後は江戸の牢獄で獄死。

この絵は、

長崎奉行所の没収品として今に残っています。

江戸で収容中の尋問にあたったのが、

幕府の実力者でもあり儒学者でもあった

新井白石。

白石との対話は、その後「西洋紀聞」という

一冊の本となって歴史に残されることになった・・・。



以上のようなことを、私は郷里では知りもせず、

偶然の東京での展覧会で知った次第です。



私の住む町は、思いがけずも

ヨーロッパに一番近い日本の都市なのでした。



キリスト教を最初に伝えた

フランシスコ・ザビエルを記念する聖堂も

街の中心にあります。

(とはいえ数年前にコンクリート打ち放しに建て替えられて、

 あれれ、というくらいにモダンになってしまいました)


そもそも、

マラッカで出会ってザビエルを日本に導いてきたのも、

ヤジローという SATSUMA 出身の男。



ザビエルが、

仏教の僧侶と宗教論をたたかわせた「南林寺」は、

私の事務所のすぐ近くにその地名を残していて、

島津家墓所の裏手には、隠れキリシタンの墓もあって・・・。

と、この街にはキリスト教の記憶が深く刻まれています。




ただ、封建的気風のこの街には、

「西洋の先進技術」は別として

「思想」としての西洋はなぜか、

・・・・ほとんど感じられません。


これだけ海外からの洗礼を頻繁に受けながら、

もっともガンコなニッポンを守るまち。

実に不思議なまちです。







鹿児島カテドラル・ザビエル教会


>>>  シドッティ上陸記念の碑 Giovanni Battista Sidotti

>>>  東京国立博物館・特集陳列











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