天正遣欧使節

  • 2007.07.26 Thursday
  • 19:58



VILLA PRATOLINO



5年前の夏、7月。

油圧式のドアが大きく音をたてて開くや、

同時にバスのエンジンはブルンと音をたてて切られて、

急に車内は郊外の静けさです。

山上の終点まで来た客は、私ひとりだけです。




降りたバスから、

帰りの発時刻だけは書きとめようと停留所をふり返って、

その風景のかなたに、フィレンツェの街が、

はっと、

まるで白い貴婦人のように横たわっているのに気がついて

その眺めに立ち尽くした記憶があります。



この風景を・・・

実は今から400年以上も前、

正確には西暦1585年の3月、

私と同郷の九州からはるばる海を越えてやってきた若者4人が、

おそらくは、この同じ場所から眺めているのです。

天正の遣欧使節です。





彼らが、そしてその時の私が向かっていた先は、

Villa Pratolino ヴィラ・プラトリーノ。

メディチ家フランチェスコ1世によって造成された

当時のヨーロッパでも並ぶもののない大別邸、そして

イタリア式の豪壮な大庭園群です。

使節団は全国家的な賓客として、

ここプラトリーノに招かれています。





日本のキリスト教会史のなかでも特筆すべき、

ローマ法王謁見という偉業を成し遂げた若者たち。

別邸到着前のひととき、この丘のこの場所から、

ボッティチェルリやミケランジェロと同時代の

盛期ルネッサンスの芸術の都を、彼らも

なにか眩しいものでも見通すように遠望したはずです。





残念ながら今では庭園は荒廃が進み、

建造当初からの遺構は、断片でしかありません。

かつてヨーロッパ中に

英国風景式庭園が大流行した際に、

時の当主の意向で、このイタリア式庭園は

その骨組みを英国風に造りかえてられてしまったからです。

ジャンボローニアGiambologna 作の巨人の像などから

往時の名庭園の姿を想像するしか鑑賞の手だてはありません。




それでも私はこの庭を見ることができて、本当によかった。

420年も前の4人の日本人と同じ場所、同じ庭園に佇み

感情を共有できた喜びは・・・、

胸がいっぱいでまるで呼吸できないほどです。




ある「思い」を時空を超えて共有できて

それまでの通り一遍の歴史に初めて、血と肉のかよった

ぬくもりを実感できる瞬間、

ああ、人間って寂しくないなあ、

美しいなあと・・・心から思ってしまうのです。




プラトリーノの歴史は、

私たち日本人のヨーロッパへの記念碑的な第一歩でも、あります。













上段:Justus Utens 作 ヴィラ・プラノリーノ俯瞰図 1599
中段:Giambologna 作 Il gigante appennino アッペニーノの巨人
下段:天正遣欧使節















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